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自分の意見を通したいなら…

世の中見ていると「押しつけてでも自分の意見を通したい」「自分の考えが通らないなんて許せない」という人々がちらほらいるように見受けられます。

これが時々、とても不思議に思えるのです。

なぜなら自分は物心ついた時から「押しつけてでも自分の考えを受け入れさせたい」という思いが薄いタイプの人間だからです。

そこまでして周り中に自分の意見を受け入れられたいと思うほど、自分の考えに自信を持っているわけではありませんし…。

そもそも、どんなに優れた意見であったとしても、1ミリの欠陥もデメリットも無いということはないと思いますし、極論を語ってしまえば大概の意見がいびつに歪むものだと思っています。

それに自分の場合、たぶん物事の優先順位がそもそも違う気がするのです。

自分にとって大切なのは「自分の意見が通ること」より「最善の手段を選択すること」「真実を選ぶこと」なのです。

そもそも人類は、自分たちの住むこの宇宙のことでさえ、まだ数パーセントしか解明できていないわけで…そんな世の中知らないことだらけの人類のうちの一人である自分が、そうそう“正解”を出せるとは自分でも信じられません。

それに世の中、自分より頭の良い人間など山ほどいますし(実際、偏差値80(国語)出しても全国的には3ケタ順位だったりして『上には上がいるなぁ』と遠い目になったことが高校時代にありますし。)、自分の出した意見が“死路”で他の方の意見の方が“活路”である可能性は、結構あるんじゃないかと思うのです。
そんな時にかたくなに自分の意見を通してしまったら、周り中も道連れにして皆いっしょに破滅への道まっしぐらじゃないですか。
そんな業の深いこと、考えただけでゾッとします。

でも「自分の意見を受け入れてもらいたい」という思い自体は、自分にも分かります。

特に今の世の中「白か黒か」「YesかNoか」の二者択一で、敗者の意見は気に留められることもなく切り捨てられることも多いので「意見が受け入れられなかったら、そこで自分はもう終わりだ。否定され、切り捨てられるだけなんだ」という切迫感を感じる人がいるのも無理はないことだと思うのです。
でも、そこで強引に自分の意見を押し通したりするのは「北風と太陽」の北風さん的でかなり「いただけない」ですが…。

そもそも本当に本気で自分の意見を受け入れてもらいたいなら「俺の話を聞け。他の意見を言うな。俺の意見だけに耳を貸していればいいんだ」みたいな感じでガンガン押していくのでなく、もっと別の方法を取る方が賢明だと思うのですが…。

人間は一人一人がそれぞれ考える頭を持っていて、歩んできた人生、抱える事情も一人一人違っているわけです。
だから意見や考えがバラバラになったとしても仕方のないこと、むしろ当然のことなのです。
それを「自分以外の考えは全てダメな意見だ」とばかりに無視し、否定して自分の意見を押し通せば、反感を買うのが普通だと思うのです。

だから、自分の意見を受け入れてもらいたいなら「押しつけ」ではなく「努力」をするべきだと思うのです。

自分の意見を理解してもらうために言葉を尽くすことだとか、他人との意見のぶつかり合いの中で“軌道修正”をして、受け入れてもらいやすい妥協点を探ることだとか…。

(まぁ、その「言葉を尽くす」「一生懸命意見を語る」ことも、時と場合と相手によっては「押しつけ」と受け止められかねないので、そのあたり匙加減が難しいと言うか「世の中難しいなぁ」という感じですが…。)

個人的には「意見を受け入れられたいのなら、そもそも受け入れられる“価値”のある意見を出せなくてはならない。そんな意見を出せる自分でありたい」と思っています。
もし自分の意見が周りに受け入れられたとしても、自分はその受け入れてくれた人たちに何が返せるわけでもありません。
だからその意見自体が、受け入れてくれた誰かにとって有意義なものであるべきだと思うのです。

そしてそんな有意義で価値ある意見を創造するためには、自分の狭い思考領域だけで全てを決めようとするのではなく、他人の意見からも様々なことを学び、より思考を深めていくべきだと思うのです。

他人の意見が大切な理由は「“自分が歩んでこなかった人生”を歩んで来た人間の視点を学べる」ことにあると思います。
その人の肩書やスペックがどうこうではなく、自分とはタイプの異なる考えを知ることができるという、そのこと自体にまず価値があるのです。

でも世の中、自分と立場の異なる人間だというだけで相手を軽んじたり、自分と違う意見だというだけで否定したりする風潮があるのは、とても悲しく、もったいないことだと思います。

「他人の意見をどうしても受け入れられない、受け入れたくない」という人は、もしかしたら現在、心がとても傷つき、弱っている人なのかも知れません。
他人の意見を受け入れてしまったら自分の意見が否定される気がして、心をトゲだらけにしてバリアーを張ることしかできない人なのかも知れません。

本当は、自分の意見が否定されることなんて、そんなに恐がらなくてもいいはずなんですけど…。
意見の1つや2つ否定されたところで、その人自身が否定されたわけではありませんし。

(まぁ中にはその人自体を否定しようしてくる人間もいたりしますが。あと否定の仕方自体が無茶苦茶な暴言だったりする人もいるので、それはそれで(いろいろな意味で)コワイなぁと思うわけですが。)

そもそも自分の意見を真に理解してくれる人間がこの世にどれほどいるのか分からないじゃないですか。
宮沢賢治しかりゴッホしかり、存命中に世間に理解されず、亡くなってからもてはやされるようになった人間は数知れません。
後に歴史に名を残すような天才だって理解を得られず否定されることがしばしばなのですから、まして普通の人間が普通の人間に理解されなかったとして何の不思議があるだろう、という話です。

大切なのは、多少周りと意見が食い違っても揺らぐことのない“心の芯”をしっかりと自分の中に持つことだと思います。
あるいは「あー。だよねー。違う意見もあるよねー」と柔軟な心で受け流す、とか。

そもそも本当は「自分の意見」なんて、自分自身が否定しない限りは誰にも否定できないものだと思うんですけどね。
誰かの意見を聞いて否定された気になるのは、自分の意見が間違っていると、無意識のうちに自分で認めているからだと思うのです。
でも、それが自分でも許せなくて、ムリヤリに他人の意見の方を無かったことにしようとするのだと思うのです。

でもそれって、もったいないことだと思うのです。
せっかく自分の意見の「エラー」に気づいて「修正」「アップデート」できるチャンスが来ているのに、その機会をフイにして古い自分のままでいるなんて。

ここでしっかりアップデートしておけば、昨日までは思いもよらなかった新しくて素晴らしい自分に変われるかも知れないのに。

(…まぁ、そもそも「自分を変えること自体がイヤ」という人もいるので、そこは何とも言えませんが…。
しかも「自分が間違ってた!」と思うこと自体が間違いで、うっかり「本当っぽいけどガセでした」という意見に踊らされるパターンも無きにしもあらずなので、そこは注意が必要なわけですが。)

あと個人的には、他人の意見が自分より優れている気がして凹んでも、そこは「今はまだ負けてるかも知れないが、数年後には超えてみせる!」という心意気で、日々自分磨きに精を出せばいいことなのではないかと思っています。
たとえ現在の能力差がどうであっても、人間は進化をやめればその時点から劣化していくものだと思うので、自分がコツコツせっせと進化を続けていれば、そのうち勝てる可能性もあると思うのです。

それにもし結局ずっと勝てないままだったとしても、その時はその時で、コツコツせっせとストイックに自分磨きを続けてきたことを、自分自身で誇りに思えば良いと思うのです。
そんな人生なら、たぶんきっと悪くないと思うのです。

 
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(更新頻度は相変わらずのスローペース・マイペースですが。)
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津籠睦月

Author:津籠睦月
ネコ・犬・小鳥などの小動物大好き人間。
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