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オフライン作業中。


土曜出勤が続き、なかなか時間がとれないため、次回作へ向けての資料収集および読み込みやら、エデンのEpisode3の下書き(※Episode2は下書きだけは既に完結済み。)等々、オフラインの作業を細々とやっています…。

次回作は資料の収集状況などから(複数あった候補の中から)どの作品にするかはほとんど決まってきていますが、それにしても資料がややマニアックで苦労しています…。

ファンタジーだから」ということで当然史実と違う部分は多々あるのが前提ですが、ある程度の知識が下敷きとしてないことには筆の進み具合(スピード)も違ってきますし、リアリティにも影響してくると思っているので。

それにしても、一般の歴史好きの方ですらおそらくはあまり手にしないような「マニアックにもほどがある資料」というものは、在庫がほぼ無い上に、中古本にしても、とんでもないプレミア価格(一般的なハードカバーより金額が1ケタ多かったり、文庫や新書に比べると2ケタばかり高かったり、下手するともっと高かったりするので、とても手が出せません…)になっていたりするので「えげつないなぁ…」とため息が出ます。

中古であるがゆえに、そんなプレミア価格で購入したところで、おそらく著者の手元には一銭も入らないのであろうと思うと余計に空しくなります…。

マニアックな研究をし、それをさらに本にまでしてくださる著者の方というのは大変に貴重で、だからこそ、そういった著者の方の元にお金が行って欲しいなぁと、個人的には願ってやまないのですが…。

ちなみに今読み込んでいる資料は「ぐんまの城」だとか「るるぶ群馬」および「まっぷる栃木」とかその辺りです。

(他にもありますが、ネタバレ防止のため、まだ出せません。ちなみに群馬・栃木なのは第1作「花咲く夜に君の名を呼ぶ」が関東の南の方(?)を舞台にしていたので、今度は北関東に行きたいなぁという単純な発想だったりします…。まぁ、メインは群馬の方になると思いますが…。)

観光雑誌が資料の一部というのもヘンな話ですが、地理ネタ大好きな津籠の作品にはよくあることです。
(「花咲く夜に君の名を呼ぶ」では中学時代の日本地図帳を資料に使っていましたし…。)

観光雑誌の場合、各地の名所が地図&写真で載っていたりするので、舞台の候補地を探すには大変便利なのです。
(でも結局、写真や特集で取り上げられていないようなマニアックな場所を選んでしまったりもするのですが…。)

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テーマ : つぶやき
ジャンル : 小説・文学

さて、次回作を何にしようか…


自分の場合、次回作はその前の作品を書いている最中から構想を練り始めるのが常なのですが、その次回作を何にするかは悩み中です。

(正確には、アイディアのストックはかなりの数あるのですが、その中からどれを選び、資料集め&調べ、プロット作りや下書きを進めていくのかに悩むということです。)

バランス的に、次は“剣と魔法西洋ファンタジー”あたりがいいかな…とも思うのですが、自分の脳内ストックにある西洋ファンタジー系のアイディアは、内容が壮大過ぎて着地点が見つかっていないものも多いので、いろいろと悩ましいのです。

あと、西洋ファンタジー資料集めが大変そう…というのがあって…。

他に候補があるのは明治時代の日本モノか、今度は「古代」ではないいかにも「和風ファンタジー」な異世界和風ファンタジーで、もっと恋愛に重点を置いたモノか…といったところです。

もしくは、西洋ファンタジーでも本編には入らず、とりあえず前日譚のようなものをお試しにちょこっと書いてみる…というのも考えています。

まぁ、当面は現在連載中の「魔法の操獣巫女エデン」を進めていくと思いますが。

もし次回作についてのご要望などあれば、今のうちにアンケート・フォームなどで一言コメントくださると影響される可能性大ですので、ぜひどうぞ

テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

労力の配分を間違えている気がしないでもない…


ファンタジー小説サイト「言ノ葉ノ森」を開設してから、現在連載中の「魔法の操獣巫女エデン」で、発表したネット小説は3作目になるわけですが…

同時連載だった1・2作目と現在の3作目のWEBデザインクオリティを比べてみるほどに「スキルアップしたなぁ」としみじみ思います。

初めてサイトを開設するにも関わらず、テンプレートの無い、一から自分でWEBページを組み立てるような方式を選んだことや、その上これまでどこでも見たことのないようなネット小説のシステムを自分で「開発」していったこと、開設前は「無謀かなぁ」と思わないでもなかったのですが、「やればやれるものなんだなぁ」と、振り返ってみるといろいろと感慨深いものがあります。

(もっとも自分の場合、サイト開設自体は初めてでも、学生時代にネットサーフィンで訪れたサイトのソースコードを表示してそれを「解読」することで独学でWEBページの構造を学び、テキストエディタでオフラインでHTML文書を組み立てるという、ちょっと変わった「遊び」をしていた時期があるので、勝算が無いわけではなかったのですが…。もっとも、基礎を学んでいないので初めのうちはかなりいろいろ間違えたりもしましたが…)

今見ると、第1・2作目の頃は画像加工スキルもそれほどなかったので、デザインもわりとシンプルです。

と言うか、そもそも素材サイト様がいろいろあるので、そこから一式お借りしてしまえばカンタンだったのですが、それだと「物語のイメージにピッタリ合うものが見つからない」という理由で、技術がまだへぼいにも関わらず、自分で創るという無茶をしてしまったのです…。

ですが今にして思えば、そのおかげで画像加工スキルがUPし、今のようなWEBデザインができるようになったのですから、それで良かったのだと思います。

苦労した分、スキルが増え、その分またできることが増え、表現の幅が広がっていると思うので…。

ただ、やはり小説書きとしては労力の配分を間違えている気がしないでもありません

WEBデザインのスキルを上げている暇があるなら、もっと小説自体のスキルを上げた方が良いのかなぁ…と。

(まぁ、上げようと思って上げられるものでもありませんが…)

一応、1・2作目を書き始めた頃から比べれば、小説執筆スキルもだいぶ上がっているとは思うのですが(なにせ「花咲く夜に君の名を呼ぶ」を書くまではバトル・アクションを書いたことも無ければ自信もありませんでしたし)、それでもWEBデザインに傾けていた労力をもっと小説自体に傾ければ、もっとレベルUPができたかな、と…。

ただ、個人的に“時間の無い現代人”はパッと見の第一印象でそのサイトを「見る」か「去る」かを判断している、というイメージがあるので、それを考えれば「見た目のクオリティにもそれなりにこだわっていきたいなぁ」と思うので、いろいろ複雑で悩ましいところなのです…。

テーマ : デザイン・イラスト・テンプレート
ジャンル : コンピュータ

レーティング考(その2)


R18だのR15だのという規制がありますが、本質的なことを言ってしまえば、単純に「年齢」で区切っても意味なんて無いんですよね。

R18というのはすなわち「性や暴力等に関する刺激的な描写があったとしても、それに流されることなく理性をコントロールできる、フィクションとリアルの区別をわきまえられる成熟した精神の持ち主なら、読んだり観たりしてもOKですよ」ということだと思うのです。

つまり本質的に問題になってくるのは肉体年齢ではなく精神年齢の方なんですよね。

ただ、現実問題として「精神年齢」を測る方法なんて現在の文明レベルでは存在しませんから「このくらいの年齢なら充分に精神が成熟しているだろう」という平均値でもって規制を決めているのだろうと思います。

逆に言えば18歳以上だろうが何だろうが、精神が成熟していないままであれば、R18表現に刺激を受けて実際に問題行動を起こすなどの悪影響も充分考えられるということです。

それを考えると「何かを“表現”するって恐いことだな」「人目に触れるモノを創るというのは業の深いものだな」と思ってしまいます。

もちろん、この国には「表現の自由」というものが保障されていますし、「何%の確率で発生するかも分からないリスクを恐れていちゃ何もできない」という考えもあるでしょう。

でも、義務だとかモラルだとか法律がどうこうだとか、そういうこと以前に、もし自分の書いた何気ない文章が誰かに悪影響を及ぼして、その影響がめぐりめぐって自分自身や自分の周りにいる人たちを巻き込んだら…と想像すると、やはりいろいろと慎重にならざるを得ないのです。

小説を書くにあたって「読者のことを意識する」ことは基本だと言われています。

自分も小説を書く時には「この小説に肯定的な読者目線/否定的な読者目線」「専門知識の多い読者目線/専門知識の少ない読者目線」「ファンタジー小説を読み慣れている読者目線/そうでない読者目線」など、複数パターンの読者の思考をシミュレーションしながら書いています。

…で、そんなシミュレーションの中で「ひょっとして、この描き方だと、暴力行為を肯定していると受け取られないだろうか」と思い至れば、その箇所はなるべく誤解されない方向へと修正するようにしています。

ただ、そのシミュレーションも、これまでの人生の中で自分が出会ってきた様々な人間の思考パターンを自分なりに想像・分析し、それを記憶の中に蓄積・サンプリングしたものを元に行っているので「これまでに出会ったことのない人間」の思考パターンまでは想定できていませんし、そもそも一度にシミュレーションできる思考パターン数には限界がありますので、そういう意味で“穴”があるとは思います。
(つまりは個人の能力には残念ながら限界があるということです。)

それでも、自分の創ったものがこの世界に及ぼす影響が「悪いモノ」「危険なモノ」ではなくて少しでも「善いモノ」「安全なモノ」であるようにと願って、できる限りの努力は続けていきたいと思うのです。

テーマ : 物書きのひとりごと
ジャンル : 小説・文学

レーティング考(その1)


いつの間にやらレーティングが細かく厳しくなっているようなので、いろいろ調べているのですが、調べれば調べるほどに疑問点が増えて困っています。

レーティングとは簡単に説明すれば映画で言うR18だとかR15だとかいう年齢制限のことですが、最近ではネット小説等のアマチュアの世界でもR15どころかPG12(小学生が閲覧するのに保護者の許可などが必要)レベルのセルフレーティングが広がってきているようです。

スマホの普及等もあり、より低年齢層が自由にネットにアクセスできる機会が増えて、これまでよりもっと細やかな配慮が必要になってきた、ということなのでしょうね。

それは仕方のないこととは思うのですが…問題は、いざセルフ(自分)でレーティングを決めようとなった時、何をもってそのレーティングを決めたら良いのか、ということなのです。

もちろん、現在既にゲーム業界やらネット小説投稿サイトやら、様々なところでレーティングが行われており、それなりの基準が示されてはいます。

でも正直、その基準があまりにもざっくりし過ぎている気がして、何だかなぁ…と思うのです。

レーティングの対象となる要素が具体的なようでいて、実は全く具体的でないような…。

たとえば性表現においては「キス」や「抱擁」や「性に関する話題」などが対象要素となるわけですが…

そもそもキス1つをとっても程度や種類や描き方でかなりの違いがありますよね。

「ほっぺちゅー」や「でこちゅー」や海外でよくある「恋愛感情を伴わない挨拶としてのキス」もキスはキスですし、例えば、ずっとプラトニックな純愛を貫き幾多の障害を乗り越えてきたふたりが最後の最後に結ばれて結婚式で誓いのキスを交わすのと、オレ様系男子がまだつき合ってもいない女子に壁ドンして無理矢理キスするようなシチュエーションとでは、キスの意味合いがまるで違ってくる気がするのです。

それに“描き方”によっても読者に与える影響はかなり違ってくるはずだと思っています。

たとえば映像表現だったら、唇が重なっているのがハッキリ見てとれるようなアングルで映すのか、実際にはキスしていなくてもバレないような後頭部からのアングルだったり足元だったり、もしくはシルエットを映して「キスした事実」を表現するのか…

文章でも、直接表現と間接表現がありますし、その行為を肯定的に描くのか/否定的に描くのか、主要なテーマとして描くのか/そうでないのか、こと細かに文章量も多く描くのか/必要最低限の描写に抑えるのか、エンターテイメントとして描くのか/そうでないか(←たとえば純文学など)によっても印象がだいぶ変わってくるはずです。

そもそも性表現・暴力描写・残酷表現・反社会的行為等の要素の「有無」だけでレーティングを見ていくとなれば、小学生はワン○ースやらNARUT○やらドラゴン○ールやらベルサイユの○らが読めないことになってしまうような気がするので冷や汗ものなのですが…。

(考えようによってはアンパン○ンも表現上「身体の欠損」に当てはまるような…。しょっちゅう頭部がアレな状態になっていますし…。←それを考えると絶対、全体の世界観とか絵柄のタッチとかが重要になってくる気がするのですが…)

まぁ、細かいことを言い出したらキリがありませんし、個人個人で「これくらいならOK」「ここからはNG」という線引きが違っているであろう事柄に一方的に基準を設けるのも難しいことでしょうし、そもそも「小学生や中学生に見せちゃダメなものくらい、わざわざ書いておかなくても各々で判断できるよね?」ということであまり細かく書いていないのかも分かりませんが…

そもそも、書き手(描き手)が「物語の必要上、ちょっとアレな要素は入ってしまっているけど、こういう描き方なら無闇に欲望を刺激することも、暴力や反社会的行為を助長することもないはず!」と思って書いたとしても、読み手がそれを書き手の願い通りに受け止めてくれるかどうかは分からないんですよね…。

たとえ書き手が「暴力や破壊行為はダメ、絶対!」という気持ちで物語を描いていたとしても(暴力・反社会的行為に対して否定的な描き方をしていたとしても)、読み手は作品テーマなど深く読み取ろうと思わずに実際に描かれた暴力シーンのみをピックアップして見て「カッケー…、オレもこんなんやりてー」と暴力衝動を刺激される可能性が無いとは言い切れないわけです。

それを思うと、単純に要素の有無でもって基準を決めていくのもアリなのかな…とも思うのですが…

ですが、その一方で「いや、何でもかんでもダメ・ダメで『くさいモノにはフタ』で子どもの目から隠してしまうのは逆に精神の成長においてマイナスにならないか?」という気持ちもあるので「う~ん…」と思ってしまいます。

何と言うか、規制して見えなくしてしまうと「そのことに対して考える機会」さえ子どもから奪ってしまう気がしてならないのです。

たとえば自分の場合、小学校1年の時に丸木俊さんの絵本「ひろしまのピカ」(広島の原爆を描いた絵本)を読んで、そのあまりの残酷さ(←正直、これを超える残酷なものって、世界にそうそう存在しないと未だに思います)にかなりのショックを受けましたが、それが命や人生や戦争について考えるきっかけとなり、自分の人生観や価値観に多大な影響を及ぼしたと思っています。

フィクションとノンフィクションとではまた事情が違うかも知れませんが、それでも「子どもに良い意味でのショックを与え、子どもの考える力を伸ばすことによってその後の人格形成に良い影響を及ぼす」ものも存在するのだということを考えれば、何でもかんでも否定して規制してしまうのはどうかと思うのです。

まぁ、一番良いのは第三者(思考・判断に偏りが出ないよう、できることなら複数人)の客観的かつ公正な判断によりレーティングを決めていくことなのでしょうが、時間も人件費もかかることなので、映画業界やゲーム業界のようなそれなりのお金の動く業界・団体でもない限り現実的にムリな話でしょうし、やっぱり当面はセルフでレーティングを決めていくしかないのでしょうね…。

疑問を山ほど抱えたままですし、“答え”なんてまだまだ出せそうにはないのですが…。

…と言うか、ふと思ったのですが、ひょっとしてこの手の規制って、大人目線だけで「子どもに見せたくないモノ」という基準で決めていたりしませんかね…?

実際に元・子どもだった身として「こういうのは単に欲望やタブーなモノへの好奇心を刺激されるだけだったけど、こっちは人生で大切なことを考えるきっかけになった」みたいな経験則から基準を決めたりとかって無いんですかね…?

子どもの頃よく思っていたことですけど、大人の言う「これはダメ、あれはダメ」って、何だかわりと的外れなものも多かった気がするんですけど…。

実際、子どもって、大人が思っているよりずっと“物を考えて”生きている気がします。←自分の子ども時代の記憶から振り返って考えると。

テーマ : つぶやき
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プロフィール

津籠睦月

Author:津籠睦月
ネコ・犬・小鳥などの小動物大好き人間。
オリジナル小説サイト「言ノ葉ノ森」でファンタジー小説を連載中です。
詳しくは右側の「管理人ホームページ」からご覧ください。

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